何か感想を述べるとき、何に較べてそう感じるのか、比較対象を明示してもらうとわかりやすいかなと思った。テレビを見ながら。
インターネット、カフェ、暖かい飲み物、コンピュータ、ガジェット、アニメ、ゲーム、小説、歴史、考えること、写真、映画、絵画、動物、そして世界。
こういう頭の体操は、ちょっと楽しい。
毎日どこかしらのベローチェに立ち寄るのだが、昨日入ったベローチェの砂糖があまりにも少なかったので笑ってしまった。
いくら経済危機とか原料高(もう違うけれど)とはいえ、いくら何でも減らし過ぎだろう。
もしかしたら自分の開けた砂糖だけが少なかったのかもしれないが、社会がヤバい局面に入ったことを感じずには居られない。
社会がヤバい状況を体感した事例をもう一つ。
池袋の地下通路には浮浪者が床に寝そべっていることが多い。
と云っても普段は通路の端から端まで、居ても2、3人くらいである。
ところが先週の日曜日、同じ通路を通ったら、柱一本につき浮浪者が2人という状況で、そのあまりに異常な増え方を目にした時に「これはかなり危ないのではないか」と感じずには居られなかった。
失業者が街に溢れている。
自分は意識的にそういう街を避けているが、たまに通り過ぎると日本の暗部を垣間見た気がした。
追記:
後日、御茶ノ水のベローチェで砂糖の量を確認したら普通(の少なめ)だった。
だから秋葉原のベローチェの、自分の手にした砂糖がたまたま少なめだったのだろう。
ベローチェの悪口を書くと訴訟でも起こされそうだし、こうしてすぐに訂正しましたよ。
さっそく入れてみた。
この書き込みはQuickPressを使っている。
どんな風に表示されるのか。
その理由は何だろう。
忙しい、といっても時間がないという意味ではなく、単に心に余裕が生まれなかったという方が表現として適切と思う。
本は沢山読んでいる。それは今も相変わらずだ。
そして想うことも色々とあり、それらを形にしたいとは考えるけれども、いざブログを書ける状態になるとやる気がなくなるのである。
これがコタツの魔力であろうか。
現在のコタツは単に下半身に汗をかかせている程度の機械に過ぎない。
コタツに入り浸るのは、何かをやろうやろうとしつつも、やる気が起きずダラダラと過ごしてしまうからである。
そんなときはとっとと寝てしまおう、と夜中の二時半くらいに思う。
それで寝る。
翌日は目は覚めても、朝の遅い時間までベッドに籠ったままである。
それからニュースリーダーで手当たり次第ニュースを読み、ほんの少し朝食を摂り、あぁ今朝も何もしなかったと後悔しながら出社する。
そんな毎日である。
外では本を読み続けるも、それらを自分の頭でうまくまとめ切れていない。
そんなことをしていたら書くことが億劫になっていた。
怠けるとろくなことが無い。
しかし、同時に働くのも碌なことでは無いと思った。
違いが有るとしたら、金がもらえるか、もらえないか。
その程度である。
何とかして今日からブログ書きを再開したいと思う。
書くことを忘れたくないと、思っているから。
最近は何か良いアイデアがあっても、自分で実現出来なさそうなものはペラペラとしゃべることにしている。
どこかの誰かさんがそのアイデアを聞いて、実現してくれるかもしれない。
アイデアの源泉が「これがあれば便利なのに」という発想だから、既にあるか誰かが作ってくれるのであれば他人に任せてしまえばいいのだ。
そして本当に自分で作りたい物だけ、今すぐ作り始める。そうすればきっと便利になるはずのアイデアはどこかの誰かが実現してくれるし、自分のやりたかったアイデアに今すぐ取り組むことも出来る。
これでお互いがハッピーだ。
でも現実は権利だのお金だの絡んで来るから、ここまで平穏無事に進まないことの方が多いのだろうな。
おかげでイノベーションとやらが遅れる訳だ。困った困った。
巷に溢れるニュースを読むだけでそれとわかる。
もう中国のことも笑ってられないし、隣国にはたかられるし、メディアも政治家も官僚も他人の足を引っ張るのにご執心のようでちっとも物事が前に進んでいないように思える。
これほど社会に閉塞感が漂うなんて、こりゃ一体どういうことなのかね。
そりゃ、仮想世界に逃げたくもなるよ。
ひたすら書きまくっている。仕事でも半仕事でも、個人的にも。
一日十件近くのエントリーを書いている。短いものから長いものまで。
なぜこんなことをしているかというと、ゴールであるサイトにアクセスを流すためである。
そのためには検索キーワードが含まれていればいい、リンクが貼られていればいい。要するにバックリンクを増やし、かつ更新の間隔を短くすることで、ポータルサイトへの反映機会を増やす。
問題は中身じゃないんだぜ。
これはマスゴミ商法と同じで、ヘッドラインにセンセーショナルなテキストの組み合わせ(文章じゃない!)で一目を引く。色物である。
でもこういう作業が続くと疲れる。ああ、なんでこんなことをしているのかと。
ちと休みたい。
なんかとてもやる気が出ない。
確かにコタツを出したが、それ以前にやる気がでない。
何も終わっていないのに終わった気でいる感じ。
面倒なことが多いのは事実だけれども、面倒なことに埋没してしまって、しかもサーバ選定のために無駄に金を使ってしまったわけで、そういう余計な出費と、自分の収入増の見込みのなさ、壊れそうな体とかいろいろと不安要因があって頭が曇ったままである。
ゆっくり本を読もうと思って、買って帰ると読む気がしない。
帰ったらやることをやろうと思っても、何もやらない。
明日は早く起きようと思っても、いつまでも布団から飛び上がれない。
今年が厄年だということを思い出したが、それにしてもずるずると下に引きずられてゆくようなこの感覚は嫌だ。
眠れば楽になるだろうか。でも寝てしまったら、仕事が始まる。それがとてもとても嫌なことのように思える。