城山三郎はA級戦犯として処刑された唯一の文民広田弘毅にスポットをあてた。
彼は平和外交によって局面を打開しようとしていたにも関わらず、戦犯として処刑されることになる。
なぜこのようなことになったのか。
統帥権を盾に軍部はより強権的になり、さらにその中の若い参謀や佐官たちは中国大陸において謀略を巡らせ、陸軍中央の指示を無視して戦線を拡大していったことが記されている。
この本で印象的だったのは、日本とナチスが真逆であったにもかかわらず、結末として同じような道を歩んでしまったことだ。
日本は始めから終わりまでバラバラだった。
まず天皇の意思は反映されなかった。政府と軍部が対立し、陸軍と海軍が対立し、さらに陸軍中央と関東軍が対立していた。そして関東軍は功名と自らの理念に則って、参謀方部や外務省の意見を無視し続ける。
彼らの行動原理は理念と理想である。
そしてその理念や理想をもたぬものは、責任をあいまいにして終わらせている。
広田は責任者がみな自殺して無責任だとつぶやいたそうである。
みなが、決定者不在の権力に対して、盲目にしたがっている図がよく描かれている。
これが日本の現実といえば、きっとそうに違いないだろう。
過激派か、盲目な奴隷か。右と左を大きく触れ動いた世紀である。